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7日間ブックカバーチャレンジ-番外編

2020年05月16日
7日間ブックカバーチャレンジ
では迷った末御紹介しませんでしたが、私には大事な本たちです。
番外編
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DSC_6725 (2)演説全文のCD付き。日本語は私がしゃべっています。。。力尽くで。

そしてこれ。
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全く話は変わって先週撮影したのがこちらの写真。
2020may13帰宅途中飛び上がった鳥KIMG0524 (2)
帰宅途中、一本の街路樹に同じ種類の鳥が集まってきました。なにか食べている様子。携帯を取り出していたら、感づいたのか一斉に飛び立ちました。とっさに一羽に向けてシャッター切りました。姿は小さいながら入っていました!
5月10日~今日16日まで野鳥週間。
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7日間ブックカバーチャレンジ

2020年05月14日
7日間ブックカバーチャレンジ

あっという間に一週間、
第7日は、
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四日目と重複しますが、レニングラード900日包囲線に残された、9ページの日記。

ジェーニャが、死んだ。 1941年12月28日、午前12時30分
おばあちゃんが、死んだ。 1942年1月25日、午後3時
リョーカが、死んだ。 1942年3月17日、午前5時
ワーシャおじsんが、死んだ。 1942年4月13日、夜なかの2時
リョーリャおじさん。 1942年5月10日、午後4時。
ママ。 1942年5月13日、午前7時30分
サビチェワ一家は、死んだ。
みんな、死んだ。
残ったのは、ターニャひとり。

Dark Lunacy というイタリアのデスメタルバンドが「The Diarist」というアルバムを出していますし、
ビリージョエルはその後の冷戦を経て、「Leningrad」という曲を歌っています。

この本を書かれた早乙女勝元氏は、東京大空襲についても貴重な文章を残しています。

戦争に勝者はないと強く感じます。

拙い7日間のブックカバーチャレンジお付き合い下さりありがとうございます。
どうか皆様健康に気をつけてお過ごし下さい。 
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7日間ブックカバーチャレンジ

2020年05月13日
7日間ブックカバーチャレンジ
第6日は、本棚を整理していたら出てきた本です。

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1975年重版とあります。私は小学4年生。
大相撲の本です。
表紙は輪島と北の湖の立ち会い。
信じられないでしょうが、小学生の頃、放課後に校庭で、友達の家の庭で、更にその友人の家の居間で…、相撲をとっていました。短パンはぱんぱん。今よりはちょっとぷっくりしていたのです。
私の相撲の知識はこの本で止まっています。
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7日間ブックカバーチャレンジ

2020年05月12日
7日間ブックカバーチャレンジ
第5日は、
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下巻がまだ届きません…。
平成2年、つまり社会人2年目に読んだようです。内容は全く覚えていません。
が、この本を買ったきっかけが忘れられません。

新聞の集金に来た人に勧められました。
その頃、政治学者の舛添要一が勧めていたNew York Times Weekly Reviewというのを購読していました。とても記事を読む英語力はなく、写真と少しの見出しを眺めて満足してたのですが、買い被った大変な読書家の新聞集金のお兄さんが話しかけてきて、いろいろ熱い話を伺っているときにこの本を勧められました。
「是非読んでみます」と答えて別れたものの、上下二巻、骨を折りながら読んだ記憶があります。

引っ越しのときに朦朧として処分してしまったのか見付からず、この機会に古本を取り寄せました。下巻がまだ届きませんが御紹介いたしました。

集金のお兄さん、その後、大学の先生にでもなったのかしらん。
私などに勧めて下さり、集金のお兄さんありがとうございます!


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7日間ブックカバーチャレンジ 第4日

2020年05月11日
7日間ブックカバーチャレンジ

第4日は、こちら。上下二巻です。

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ドキュメンタリー。
第二次世界大戦下、ドイツ軍による旧ソ連レニングラード(現サンクトペテルブルク)900日包囲戦。
死者100万人以上。内60万人以上が餓死。
物資の補給路が断たれ、倉庫の小麦粉は底を突き、一日の食糧は水でふくらませたようなほんのわずかの黒パン。比べるのは不適切かも知れませんが、調べた限り、時期によってはアウシュビッツの収容所より少ない。
一個の角砂糖をナイフで分けあうことも。
更に一年目の冬はマイナス40度の極寒。
遺体を橇で運び、辿り着いたところで橇を引いていた人も力尽きる。柱によりかかって話していた人が返事をしなくなったと思ったらこときれていた。
他にも読んでいて息が止まるような出来事の数々です。
極限と一言で言うには軽く思えるような状況で表れる人間のおぞましさと底知れぬ優しさ。
舞台の資料として読みましたが、恥ずかしながらその作品に出会うまでこの事実を知りませんでした。

今、サンクトペテルブルクは白夜直前。
IMG_0680ペテルブルグ夜景21日0030
丁度10年前の5月下旬、飛行機の窓から撮影。ぶれてます…。
深夜1:00過ぎの太陽の明かり。
窓ぎわにすわっていたロシア人のおばあちゃんが心底感動して

「きれいねえ」(オーチン クラシービア!)
「あなたも見なさい見なさい!」
と、この写真が撮れました。
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